夢の記憶と、ヨガクラス

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弊社のヨガレッスンは1−4人の少人数制をうたっている。なぜか?

“ 夢がそう教えてくれたから” 、というとかなりスピリチュアルに感じられるだろうか。

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私が学んでいる「プロセス指向心理学(プロセスワーク)」は元々ユング派の精神分析にルーツがあることもあり「夢」をワークすることをたいへん大切にしている。しかし、日本プロセスワークセンターで学びはじめた初日に「今日のテーマは『夢』です」と言われた時の衝撃は忘れられない。「『夢』!?なんだかかなりヤバいところに来てしまったのでは・・・」。猜疑心の塊となり、モヤモヤした私は講師に「あの〜、なんで夢なんかワークするんですか?ちょっと怖いんですけど・・・」と思わず聞いてしまった。

講師・生徒も交えたその場の意見交換で出てきたのは

・眠っている時間だってその人の人生の一部

・6−8時間睡眠があるとしたら、その寝ている状態の精神活動が「夢」なんじゃない?

・自分が普段知らない無意識の世界を垣間見せてくれるのが「夢」

などの言葉。なるほど、、寝ている時だって脳は動いている、確かにね、、、と参加者の意見に少しだけ納得しつつ、おっかなびっくりと夢の世界に入っていったのだった。

さすがにプロセスワークを学んで4−5年にもなるので、今では面白い夢を見ると嬉々としてノートに記録したり、覚えているイメージをスケッチブックに描きつけたりするようになっている。とりわけ、「幼少期の夢」はその人の人生に通底する神話のようなもので、人生のパターンをあらわすとても大切なものとされ、学びの中で何度もワークする機会がある。

私の一番最初の夢の記憶は4−5歳の頃。当時住んでいた家の中で、窓には花柄の黄色いカーテンがかかっている。その裾をそっとめくると、光り輝くキャンディやチョコレートのお菓子の山があった。まるでヘンゼルとグレーテルのお菓子の家が出現したような感じだ。ところがもちろんそれは夢で、目が覚めた私は実際にそのカーテンをめくり、そこには何もなく、大泣きをした・・・というのが一番古い記憶にある夢の顛末である。

2022年の2月にこの夢を久しぶりにワークした時のこと。カウンセラーの先生のガイドで「その夢が展開したらどうなるか」を想像し、じゆうなストーリーを創造していった。童話の世界の続きを見るように夢が展開した先にあったのは、小さくて白い、暖かくて居心地のよいまあるい部屋。その部屋で食べても食べてもなくならないたくさんのキラキラしたお菓子を、仲良しのおともだちやきょうだいたち数人で食べたり、遊んだりしているというビジョンだった。

お菓子はほんとうにたくさんあるので、けんかにもならない。仲良しの子どもたちだけでぬくぬくと安心して隠れ家にいるかのようなそのイメージを先生が「cozy: 暖かい、居心地がよい、くつろげる」という言葉で表現してくれた。

なるほど、わたしは「cozy」になりたいのかぁ・・・日常の人生にこの「cozy」を取り込むとしたらどんな感じだろう・・・?

この時のイメージが、今の少人数ヨガクラスにつながっている。仲良しのおともだちや気の置けない仲間同士、小さなグループでヨガをする。からだがかたいとか、やわらかい、とか気にせずに、よけいな力みを外し、競争や比較もしない。安心できる状態で自分のからだに意識をむけながらクラスを楽しむ。

ヨガの古典書『ヨーガスートラ』には「ヨーガとは、心の動きを静かに収め、ケアすることです」という教えがある。苦悩から逃れる道としてヨガを長く安全に続けられること。その喜びを分かち合えること。わたしたちが提供できるのも、そんなcozyなクラスであればいいなぁと思っている。

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